男のEXECUTIVE~SUPER DESTINY BOY 2~

仕事のできない三十路サラリーマンが思ったことを綴っていくブログです。

2020年 ほぼすべて経過しての振り返り【8.9.10月の振り返り】

【8月】

相変わらず人との濃厚な接触を避けるような日々を過ごしてはいるが写真を振り返ると楽しい日々を過ごしていたようだ。

 

家のベランダでプールを出してくつろいでいたり

子供と料理をしたり

ピクニックをしたりハイキングをしたり、博物館に行ったりひまわり畑に行ったり、道の駅を巡ったり、牧場に行ったり、

 

人が密集しないようなところに遊びに行ったりしていたようだ。

 

お盆は帰省せずに大阪で過ごした。

お盆に帰らなかったことは生涯初めてかもしれない。

ちなみに正月に帰らなかったことは大学時代にある。

余談だが、大学時代は微生物の研究をしていたのだ。微生物の世話があるため正月も微生物のお世話をしていて帰れなかった。

毎日毎日微生物である。

 

大学院は別の大学院に進学したが、もしかしたらこれが原因だったかもしれない。

 

下の娘が一人で座れるようになったのもこの時期のようだ。

ハイハイをしながら前進できるようになったのもこの時期だ。

アンパンマンのおもちゃをめがけて前に進んでいくムービーが残っていた。

 

実家の父がサードカーのワゴンRを敗者にしてnboxを購入していた。

私も大学院のときに1-2カ月程度だったかこのワゴンRにはお世話になった。

さらばワゴンR。ありがとうワゴンR

 

【9月】

相変わらず自粛中だが、人との接触を避けて活動に動き回っていたようだ。

博物館、昆虫館、公園、自然園、遊園地などなど毎週どこかに出かけて遊びまわっていたようだ。

 

写真を振り返る限り一切の悲壮感はない。

むしろ非常に活動的で快活である。

 

もちろん人との接触は避け

マスク着用で

うがい手洗いは徹底している。

 

それから9月は瀬戸内海の三ツ星のホテルに宿泊した。

go toキャンペーンというものをやっていてくれたおかげで

いいホテルにそれなりの価格で宿泊できたのだ。

 

景色は綺麗だし

ご飯は美味しいし

ホテルは綺麗だし

いう事なしだ。

 

岡山倉敷の美観地区にも行った。

過去に一度行ったことがあるが、昔は就職活動中に行ったので

飲んで帰ってきて夜に倉敷駅にたどり着き

寝て終わったか、そのまま新幹線で帰ったかよく覚えていない。

たしかJFEスチール様の懇親会かなにかへの参加だったかと記憶している。

 

今回は倉敷を十分満喫できた。

スイーツを堪能し

景観を堪能し

ミシュラン二つ星のソバ屋で舌鼓を打つこともできた。

 

非常に美味しかった。

 

おもちゃ王国にも行った。

正直私が興奮するようなものはここにはないけれど

子供が興奮して楽しそうにしているのを見ると嬉しい。

 

そして子供がひらがなのパズルや三次元的に組み立てるおもちゃなど

今まで遊べなかったおもちゃを使って遊べているのを見ると

成長しなぁと嬉しくなる。

 

改めて日々子供の面倒を見てくれている妻や妻実家の両親、保育園の先生方には感謝である。

 

【10月】

10月は近くの遊園地で年パスを購入しました。

このへんからよく行くようになりました。

 

あと、昔川で捕獲したサワガニが脱皮をし

甲羅が柔らかいタイミングで同居していたカニ達に乱暴され手足を無くしてしまった。

 

娘が手足を無くしたカニを「なりいちゃん」と名付けた。

水槽から食卓の机に移動され集中治療を施すこととした。

胴体だけになったカニにピンセットで毎日ご飯を与えていたのだが

一週間程度で亡くなってしまった。

カニさんゴメンナサイ。神社に埋めに行った。

 

 

あと10月は娘の運動会があった。私が草むしりを手伝った公園で運動会が開催。

コロナ禍ということもあり

これまで複数園で実施していた運動会を個別開催し

子供の出し物の時以外は運動場付近への入場が禁止されました。

 

毎年人であふれかえり全然子供が見えませんでしたが

これは個人的には大助かりでした。子供の参加する競技しか見なくていいですし

子供の競技は確実に最前列で見ることができました。

可能ならコロナが収まったあともこんな運営をしてほしいと思いました。

 

あと保育園や義理実家の畑から娘が沢山芋を掘ってきてくれました。

娘が掘り、妻が作る芋ご飯は甘くてほくほくでとても美味しかったです。

 

なんだかんだで毎週遊びに行っており

感染拡大に注意しながらも楽しい日々を過ごしていたようです。